鯉江良二 引出し黒茶碗
銘『ナイショ話』
それは最期まで、ないしょの話でした・・・。
十年以上前、当時信楽の陶舗・○小屋さんの中にあった現代陶のギャラリーⅠでひとつの茶碗を見つけました。現代陶を代表する常滑の作家・鯉江良二さんの引出し黒の茶碗。
鯉江さん得意の“引出し”の作品。轆轤の動きがそのまま残っているような躍動感のある茶碗で、形は半筒の沓型。高台の削りも尋常ではなく、土を(むしり取った)ような凄味のある削りで迫力があります。鯉江さんの茶碗にしては少し小ぶりです。もし、この茶碗がもう一回り大きかったら、それこそ“化け物”のようなとんでもなく強い茶碗になっていたのではないでしょうか。
茶碗の裏面と飲み口側の写真ですが、ヘシャゲ具合も普通でないのがよくわかります。“引出し黒”となっていますが、こうしてみると“黒織部”といっても差し支えないと思います。桃山の世、もしもこの茶碗が利休や織部の目の前にあったら、大師らは一体どんな眼をするでしょうか。
・・・いろんな思いでこの茶碗を見たあと、早速“焼物狩り”の盟友・狸庵の藤原宏章に「○小屋のⅠに鯉江さんのええ茶碗があるぞ!!」と連絡を入れ、狸庵も速攻で見に行ったらしく「めちゃくちゃええ茶碗やんけ!!魚仙、お前あの茶碗買えさ!!」と勧めてくれました。しかしながら、当時の私にはこの茶碗を買える財力がなく「俺、ちょっとイケへんし、狸庵イッといてくれ・・・。」と言ったのですが、狸庵も「お前が先に見つけて権利あるねんし、お前めっちゃ欲しがってるのに俺、横取りでけへんわ。それに俺もちょっと金欠や・・・。」と互いに決め手に欠けてしまいました。ギャラリーのオーナーは私達と同級生のA子ちゃんで「もう分割にしたげるし、魚仙イッときいな。」と言われたのですが結局答えは出ず終い。そうこうしているうちにある日、狸庵から「魚仙、あの茶碗、売れてしもたぞ!!」と連絡が入りました。二人してギャラリーⅠへ行きA子ちゃんに聞きますと、なんでも大阪のコレクターが買っていったとのこと。「あ~あ、ええ茶碗やったのになぁ・・・。」と私がため息交じりに言いますと、A子ちゃんと狸庵が二人して「魚仙が思い切って買わへんかったし、よそへ 行ってしもたんやんか。魚仙は“ヘタレ(根性無し・甲斐性無し・意気地無しの意)”や!!」とまで言われてしまいました。買えなかった自分自身に腹が立って「絶対、あの茶碗よりええ茶碗買うてやる!!」と心の中で叫んでいる“ヘタレ”な私が、そこにはいました・・・。
・・・忘れもしません。2000年7月28日、次の日から『陶器祭り』が始まるというその日の夜中、突然狸庵は天国へと旅立って行ってしまいました・・・。驚き・悲しさ・寂しさ・怒り・切なさ・・・様々な思いが私の中を巡り、祭りの忙しさと葬式の忙しさとが一度に心と体に圧し掛かってくるという、今まで経験したことのないパニックのような精神状態のなかで数日間を過ごしたことが思い出されます。葬儀の段取りを家族の方や友人たちと狸庵の事務所でしていました。家族の方も突然のことなので、どこに何があるかもわからず私達もそこらじゅうを開け閉めしながら準備をしていたときのこと。私がひとつの戸棚を開けますと、黒い茶碗が出てきました。「ん・・・?この茶碗!!」そうです。鯉江良二作の引出し黒のあの茶碗でした。「なんで、ここにあるねん!!」
葬儀はたくさんの友人・知人、ご近所さんや従業員さんのお力で何とか終えることができました。終わった後、友人たちが寄って話をしているときにあの茶碗の話になりました。するとみんなに、悲しさの中にも笑いが起きてきます。そしてA子ちゃんが「ほんまに魚仙だけが知らんかってんな・・・。」と泣き笑いで話しだしてくれました・・・。あの時迷って買えずにいる私を出し抜いて驚かせてやろうと、ジョークの好きな狸庵は何とか資金を集めてあの茶碗を手に入れました。そしてA子ちゃんには「絶対魚仙には内緒にしておいて、あいつが違う鯉江さんの茶碗を買ったら、ジャーン!!って感じでみせたろ!!」と口を合わせてたというのです。そして、信楽・狸庵を訪れた友人・知人にはあの茶碗でお茶を振舞っていたといい、そして最後には必ず「魚仙にだけは、絶対いうなよ!!」という言葉を全員に添えていたそうです。丹波のいっちゃん、よしきさん。京都の瓜生さん、重松さん夫妻、西村さん。別嬪さんの武藤さん・・・。みんなみんな知ってました。あいつのことですから近所の土建屋のおっちゃんにもお茶を振舞っていたことでしょう。知らんのはホンマに私だけでした・・・。
この話を聞かれたご遺族の方のお申し出で、この茶碗は私が形見分けをしていただくことになりました。形見分けと言いましても、私は、私があの世へ逝くまで預かっているものだと思っています。やっぱりこの茶碗は狸庵のもんです。先日、ご縁があって、作者の鯉江良二さんに箱書きをしていただくことができました。銘は『ナイショ話』。
この銘は私から狸庵への十年目の贈り物です。
・・・今でもふと、あいつの嬉しそうに話しをしている声が聞こえてきそうな時があります・・・「魚仙にだけは、絶対にいうなよ!!」
僕だけには最期まで、ナイショの話でした・・・。
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